平成30年10月大学院入学宣誓式を挙行しました

 皆様、奈良女子大学の大学院人間文化研究科にご入学おめでとうございます。大学の教職員一同は、皆さまのご入学を歓迎いたします。また、本日の皆さまのご入学をお喜びのご家族、ご親族の方々に心からお祝い申し上げます。入学者は博士前期課程12名、博士後期課程6名です。合計18名です。
 さて、学士課程の4年間は、多くの場合青春の迷い道にトラップされます。プライドとの格闘で、自分のプライドとうまく付き合う術を手に入れるまで時間がかかることがあります。博士前期課程、博士後期課程と進むにつれ、霧が晴れるように自分の進む道が見えることがあります。皆さんは大学院に入学されたのですから、既にそのような経験をお持ちでしょう。自分の進む道が分かったとして、次に大切なのは学問上の業績になります。
 良い業績とは何でしょうか。幸福を得るチャンスは人によらず平等に訪れますが、チャンスは、準備をした者のみに微笑むと言われます。大細菌学者パスツールの言葉で「チャンスは準備された心に味方する」という言葉が有名です。私の尊敬する人で、既に亡くなったのですが、スポーツ用品や靴のメーカーで「アシックス」の創業者である鬼塚さんがいます。鬼塚さんが準備をするということはどういうことかを、次のように言っています。人は誰でも成功して幸せになりたいと願望する。それには、「善なる目標を立てなさい」といいます。利己的でない善なる目標は、使命感につながり、使命感は自己肯定につながる。これが、苦しいときの忍耐力となる。このような前向きの姿を貫くとき、チャンスが微笑むと教えています。「靴でお金を儲けよう」ではなく「世界にない、良い靴を作ろう」を目的にするわけです。
 研究の場合、「世界にない、良い研究をする」となります。そのような目標を持ち続けると、創造の喜び、発見の喜び、何物にも代えがたい歓喜が時に舞い降りるものです。皆さんの1人でも多くが、この研究の喜びを味わってくれることを願っています。フランスの大数学者ポアンカレはその発見の瞬間をこう書いています。彼は徴兵され服役中でした。「ある日大通りを横切っているとき、以前私を遮っていた困難の解決が突然現れてきた。わたくしはすぐさまそれを深く究めようとつとめずに、服役を終えたのちはじめて問題にふたたび取りかかったのであった。すべての要素は手中にある。ただこれを集めて順序良く並べればよいのであった。故に、わたくしは仕上げの論文を一気に何の苦もなく書き上げてしまった。」
 さて話は変わりますが、昨年と一昨年の入学式で「将棋と人工知能」の話をしました。人間のプロより強いプログラムができたのです。将棋は可能でも囲碁は無理だろうという予想も裏切られ、ボードゲームでコンピュータより強い人間はこの世にいなくなりました。これで、将棋や囲碁の人気はなくなりプロもいなくなるとの悲観的な予想が出されました。実際は違いました。将棋では、中学生でプロになった藤井四段が登場してこの2年間で七段に昇段しました。強いコンピュータが存在することを前提にした、コンピュータに学ぶプロ棋士の登場で、将棋界はうまく新時代に乗り換えました。
 大学もまた、乗り越えなければならない危機があります。本来はそうあるべきなのですが、学ぶ力よりも研究する力、さらに創造する力を発揮することが大切な時代になりました。
 皆さんは大学院生ですので、学力・研究力・創造力の違いを理解するようにしてください。学力は、整理された知見を効率よく吸収・消化する力のことです。研究力は、現象の中に不思議を感じ、それを解き明かそうとする意欲や能力のことです。想像力は、身の回りに働きかけ、新たなものを生み出す力でチーム力や人間力も必要になります。
 最後になります。日本の古都奈良の地には心をゆすぶる文化遺産がたくさんあります。まずは第70回の正倉院展をお勧めします。この場所で、切磋琢磨され、知能・品格ともすばらしいリーダーに成長されることを祈念してお祝いの言葉といたします。

平成30年10月1日 奈良女子大学長 今岡春樹